夫婦の物語
18年の役割分担、半分は意地、半分はあなた
2026年7月10日
毎朝、食卓に並ぶあの「養生朝食」は、美鳳が用意してくれています。
私はおしゃべり担当、彼女は日々をしっかり回す担当。
18年経っても、役割分担はだいたいこんな感じです。
そう、いわゆる「男は外、女は内」というやつです(笑)
私は写真を撮り、文章を書き、メッセージに返信する。彼女は民宿のあらゆる細部を守り続けています。
2024年4月5日、私は手術室に入りました。
肝臓の腫瘍。前触れのない試練でした。
手術後の長い時間、私はほとんど何もできず、ただ自分の心と体の健康を、少しずつゆっくりと取り戻していくことしかできませんでした……
それでも、
怡然居は0403の大地震のあとも、歩みを止めるわけにはいきませんでした……
美鳳は一人で、朝食も、庭も、宿泊客のあらゆる問題も、すべて引き受けてくれました。
多くを語らず、ただ黙々と、しっかりと「やり続けて」くれたのです。
2年が経ちました。
私は一日一万歩から、少しずつ超スロージョギングができるようになり、郊外の山にも登れるようになりました。
振り返ってみると、もし彼女がいなかったら、この2年間はどんな姿になっていただろうと、よく考えます。
答えは断言できませんが、少なくとも今のような形ではなかったはずだと分かっています。
昔の写真を開いてみると。
二人だけの時代から、子どもの手を引いて怡然居の看板の前で撮った家族写真まで、
歳月は私たちの顔にも、その痕跡を残していきました。
そうして時が流れ……
あの日、私たちは民宿の前に並んで立ち、車で去っていくお客様を見送りました。
なにげなく記録されていたこの写真。
髪は少し白くなり、目尻にはしわも増えましたが、笑顔はあの頃と変わらず……
ありがとう、美鳳。
この家は、半分は私の夢、半分は、あなたの意地が支えてくれたものです 💖
追伸:この文章を書いている今、ちょうど台風「バウィ」が通過中です。美鳳はペンキ刷毛を手に、絵本の間の前で数日前にエアコンを交換した際についた跡を、補修塗装しているところです。
花蓮はいつもの花蓮のまま、私たちはここでお待ちしています。




